昨年(1988年)7月10日,静岡市井川峠で福井順治さんによってサツマシジミ1♂が採集されたことは,静岡県の蝶類分布上の近年にない大ヒットでした.
この個体は新鮮完全な夏型で,四国・九州などの遠方から飛来したものではなく,井川峠またはその付近で発生したものであることをうかがわせます.また,近年三重県下において,この蝶が北上する傾向があるといわれているので,この記録が採集地点付近に土着していることを意味するかどうか,たいへん興味のあるところです.
保育社発行の「原色日本蝶類生態図鑑V」のサツマシジミの項には,"幼虫が樹木のつぼみを食物としており,多化性であるため,世代ごとに食樹をかえて生活している.主要な生息地は照葉樹林帯であるが,夏は高地の温帯林にも見られる.ただし,後者の個体群がそこに定着しているのか,低地からの季節的移動であるか明らかでない."と書かれています.
さて,九州におけるサツマシジミの食樹のうち,静岡県にも分布するものをあげると[( )内は利用可能期〕,ハクサンボク(3下〜5中),サンゴジュ(3下〜5中),ガマズミ(4上〜5中),ヤブデマリ(4〜6),ミズキ(4中〜5下),ナナメノキ(3下〜5中),イヌツゲ(5上〜7),サワフタギ(5上〜6下),タンナサワフタギ(5上〜6下),ミミズバイ(6〜8),シャシャンボ(6〜8),バクチノキ(9上〜10上)などがあり,これらの中でサンゴジュ(スイカズラ科)がもっとも利用度が高いとされています.
サンゴジュは静岡県下には野生せず,すべて栽培されたものであり,九州ではサンゴジュとともにもっとも有力な食樹とされるクロキ(ハイノキ科)が静岡県下に分布していないことは,サツマシジミはもともと静岡県下に分布していないことを示しているのかも知れません.
しかし,たまたま山岳地帯に西日本から飛来した個体がそこで産卵し,羽化した成虫が山を下って,山麓のガマズミやサワフタギ,海岸平野に栽培されたサンゴジュなどにつぎの世代をゆだねる,といったケ−スも考えられないわけではありません.そして,夏になると,井川峠のような山岳地帯にのぼっていく,というわけです.
7〜8月には,笹山,井川峠,大日峠,十枚山などの山岳地帯,4〜6月,9〜10月には安倍川本流と支流の中河内川,薬科川,大井川接阻峡付近,寸又川,榛原川,天竜川支流の水窪川や気田川などの流域の広葉樹の多い林道に注意する必要があるのではないでしょうか.
静岡県での第2号の発見を期待しています.
鯨ヶ池は,静岡市唯一の天然池沼であり,水生昆虫,水生植物の豊かな産地としてよく知られ,特に高密度に発生するトンボは鯨ヶ池の自然を代表する存在となっています.
静岡市は,この鯨ヶ池を「自然公園」として整備することを決めましたが,計画案では,自然優先型がうたわれているにもかかわらず,これらトンボを含めた昆虫類についてはまったく配慮されていません.当会では,池の豊かな自然を活かした公園造りを求めて,昨年9月,10月,幾つかの提案をまとめて,静岡市に対して要望書を提出しました.
現在,鯨ヶ池は南側が釣り堀として整備され,水生植物の群落は見られませんが,北側,西側を中心に水生植物の群落があり,水生昆虫の生息に適した環境となっています.トンボでは,太平洋側の東限として分布するフタスジサナエを始め,キトンボ,オオキトンボ,さらに,市内においては唯一安定して見られるチョウトンボやモノサシトンボ等,貴重な種が多く生息しています.また,コバンムシ,ヒメミズカマキリ,タイコウチといった県内でも産地の少ない水生半趨目も多産しています.これらの多くは浅い岸辺が生活の中心となっており,岸辺の確保が重要であるばかりでなく,さらに岸辺を広げる工夫も積極的に行なう必要があります.しかし,計画案では,「ウォークデッキ」と称する散歩道が,岸辺にフタをするような恰好で周囲に設置されるようになっており,これが実行されると水生昆虫の生息に大きな影響を与えることになります.
4月のフタスジサナエの調査では,デッキ予定場所において羽化が行なわれていることが判明しました.本種は限られた水際において羽化するため,絶滅の危険にさらされています.その他の施設も,充分調査研究の上で考えているとはいえず,本格的な学術調査も行なわれていません.早急に学術調査を行なう必要があります.
また,公園化に伴い,ヘドロ浚渫工事を行なう計画かおりますが,水面にはヒシ,ヒツジグサなどの浮葉植物が繁殖しており,保全に留意して作業を行なう必要もあります.計画全休に,OOデッキ,OOゾーンといった言葉ばかりが目立ち,自然公園計画としては,自然の保全についての具体性に欠けます.
鯨ヶ池自然公園造成についての要望内容
1 鯨ヶ池西岸付近に現生するヨシ,マコモなどの抽水植物群落は,水生昆虫群集の生育にとって不可欠なものになっている.したがって,これらを保護するとともに池の一部を浅くして,これらの植物をさらに増加させるよう配慮すること.また,ヒシやヒツジグサなどの浮葉植物の保全も積極的に行なうこと.
2 昆虫類は身近な自然の代表的な存在であることを認識し,鯨ヶ池の公園化に当たっては,この池の豊かな水生昆虫相を積極的に生かすよう配慮すること.
3 現在,鯨ヶ池に発生しているトンボをはじめとする昆虫類は,主として浅い岸辺で発生しているところから,ウォークデッキなどの導入には,特に慎重な配慮をすること.
4 鯨ヶ池周辺の植生は,池の生態系と深い関係があり,特にトンボにとっては休息場所や遊び場所となるので,公園化に当たっては,本来の自然植生を生かしたものにすること.
5 現在まで,鯨ヶ池の生物相については,学術調査が行なわれていないので,早急に専門家による調査を行ない,公園化のさいにその成果を生かすこと.
6 鯨ヶ池の水生生物群集の保護育成に関しては,本会ばかりではなく,県内・県外の諸団体も注目しているので,公園化に当たっては,特に慎重な計画を立案すること.
駿府公園再整備でも市に要望書
博覧会のため樹木を移植されてしまった静岡市の駿府公園の再整備にあたって,本会は県自然保護協会,野鳥の会などと共に,つぎのような要望書を6月初め,市長に提出しました.@緑地,避難所としての機能を優先 A人工構築物は最小限に B一部をありのままの自然に C土地本来の樹木を D芝生でなく原っぱに E有料化しない F運営管理に市民も参加.
今日は日本を出発して4日目.7月27日,天候も快晴.木暮氏を隊長とする我々16名はヤクーツク植物園近くの丘陵地帯でネットをふっていた.昨日までの22間はハバロフスク郊外での採集で,日本との共通種も多く,北海道の森林地帯で採集している様な印象が強かった.しかし,ここヤクーツクは高緯度のためか季節は盛夏をやや過ぎたという感もあり,草原ではワレモコウの花が盛りであった.ここの丘陵地帯のすそはホザキシモツケ等のかん木を交えた乾性草原で,信州のヒメヒカゲやゴマシジミを産する様な環境とよく似ている様な気がした.蝶の種類と数も多く,ブルーのシジミチョウ,ヒメヒカゲの類,ヒョウモン類が多く見られた.Pyrgus,Hesperia のセセリチョウ類も見られた.また斜面の一部にはツルコケモモがしきつめられた様に自生している場所があり,この様々ところではカラフトルリシジミも少ないながら見られた.草原に多く見られたコヒョウモンは日本のものよりかなり小型で,表面も色調が暗く,展ししてみると別種のような感じさえする.
7月28日.ヤクーツク南西37Km地点,チェクチュール村にて.広い草原に牛ふんがところどころに落ちている.水辺はやたらと蚊が多い.まわりの丘陵地の頂部にはツメレング・ベンケイソウの仲開かかなりあり,6月にはParnassius の類を産するという.しかし7月も下旬となると,これらの蝶は全く見られず,天候も曇っていた.めぼしいものは,クモマベニヒカゲが高橋副隊長により1頭得られただけで,他の蝶は種類,個体数ともに少なかった.この日はコックさんが同行してくれ,現地でつくってくれた,オームリというニシンに似た魚のスープが非常に美味だった.
帰り道,24Kmポイント・タバガー三叉路では時刻は遅めだったが蝶の数が多く,ゴマシジミ,カバイロシジミも得られた.ゴマシジミは新鮮な雌であったが,黒くて小さく,日本の高山性のものとよく似ているが,ヤクーツクの草原ではワレモコウが非常に多いにもかかわらず,得られたのはここの1.頭だけであった.ゴマシジミはハバロフスクの日本人墓地でも少数得られているが,こちらのはし表に半分くらい黒が広がったタイプらしい. (次号に続く)
7月29日,ケンケメ方面.ヤクーツクの街から北方に車で30分位走ると国道の両側にタイガがあらわれ,このような樹林帯の下はきまってツルコケモモ・クロマメノキ等のわい性植物群落となっている.蝶相も今までの草原性のものと異なり,北極圏の蝶がみられた.クロマメノキの群落のまわりにはカラフトルリシジミが多く,防火帯に自生するワレモコウで吸蜜するものもよくみられた.同じ場所でミヤマモンキチョウ,タカネヒカゲの仲間も見られたが,時期遅れの感が強く,破損した個体がほとんどで数も少なかった.エレビアの類はクモマベニ・シャジツベニヒカゲが得られたが,予想に反し,得られた数はわずかであった.ここのタカネヒカゲは樹林性で日本のものよりひとまわり大型で,タイガの下を活発に飛び,し表の眼状紋も発達した明るいものから,眼状紋の発達の悪い個体まで変異がみられた.クモマベニヒカゲはだいだい色の紋はやや暗く,北海道産のものと色調が近い.またこの日はバスのフロントガラスがわれたり,カメラがなくなりかけたり,迷子が出たりと,事件が多発した日であった.私もタイガの中で行方不明になりかけたが,クロマメノキの群落の中で,カラフトルリがちらちらと飛ぶのをおいかけながら,クロマメノキの実もかなりたくさんほうばり,極地での採集に酔いしれてしまった.集合時間が気になりだしてもどりかけた途中で道に自信がなくなり,安全策をとったため,約30分遅れるハメになってしまった.この時はさすがに不安になり,小走にもどる途中,タカネヒカゲが目の前を横切っても追いかける元気が出なかった.
蝶以外の,甲虫ではハナカミキリ類,糞虫類,フタオタマムシ等も得られ,小さな池ではガムシ,ゲンゴロウ類が得られた.また歩行性昆虫では樹林帯の石おこしにより,コブスジアカガネオサムシが得られたが,トラップをかけることができなかったので充分に成果はあがらなかった.
トンボについては今までの遠征よりも成果があった様でイトトンボ・アカトンボの類が多く,注目すべきものとしては,アオハダトンボ・オオトラフトンボ・モリトンボが得られた.
おわりに
7月24「」から31日までの一週間,仕事をはなれ,毎日が蝶三昧の夢のような日々だった.ヤクーツクについては高山蝶の乱れ飛ぶお花畑を想像していたのだけれど時期のせいか,Erebia、Oeneis 等意外なほど数が少なかった.蚊の数は予想通りで,立ち止まると蚊の大群にとり囲まれてしまうほどであった.それにしても夏の短い高緯度地方は短期間に蝶の発生も進んでしまうようで,もう一度訪れることができるなら今度は6月中旬に訪れて丘陵の上をParnassius 類が飛んでいるかどうか確かめてみたい.
またホテル等の宿泊設備についてはまだこれからよくなっていくだろうし,食事については夕食が簡素な感じがしたが,メインの昼食時に山に出ていたので仕方がなかったのであろう.トマトとキュウリはよく食べたのと,草原でのシーツをしいたピクニック風の食事は印象が強かった.
今回,いくつかの事件はあったけれど,全員無事に帰ってくることができ,日本人としてはじめてヤクーツクでネットを振り,標本を持ち帰ることができたのは幸せだったと思う.
この旅行の全行程につきそってくれた実藤さん,セットしてくれた旅行社の方々,木暮隊長をはじめとする同行の方々に感謝したい.またヤクーツクではガイドの方々・研究所の方々には大変お世話になった.