静岡県と鹿児島県は似た点が多い.火山,照葉樹林,お茶に蜜柑,生物分布上の糸魚川一静岡構造線に対する渡瀬線,それに歴史のある静昆と鹿昆! そこへ,近年,南方系の蝶が元気づいて北上してきたという.話題の主はツマグロヒョウモンである.昨年は静岡でも普通種になったとか.そこらで頑張っていた個体群に勢いが出たのか,より南から北上した連中なのか知らないが,なんとなく,こちら出身の蝶をよろしく,と言いたくなる.
南西諸島まで範囲に入れて眺めると,近年多くの蝶やトンボが,まるで温暖化の指数でもあるかのように北上しており,私たちはすでに北上定着したいくつかの蝶についてのデー夕を持っている.それらをもとに,ひとつひとつの種をよく検討すると,それぞれ随分事情が異なっていることに気付く.1957年前後の夕テハモドキと,現在のカバマダラやツマムラサキマダラでは決して同じではない.
ところで,ツマグロヒョウモンは異色のヒョウモンである.最近出た「パプアニューギニアの蝶」にも,オーストラリアの北部(南半球だから暖地)では平地の蝶なのに,ニューギニアでは高地に残存しているとある.北半球でも事情は同じで,ベトナムや台湾ではやや高地にいる蝶で,九州では平地低山地の蝶である,あまり暑いところは苦手で,かといってあまり寒いところもダメという蝶のはずだ.それが,なぜ急に勢いづいて北上を始めたのか.温暖化? そうかもしれない.パンジーの栽培が増えた? そうだろうか.それとも….
私の感じでは,にわかに生息域を広げ始める蝶には,共通のきっかけがある.それは,ある地域である時期に少なくとも1回,個体数が急増する現象である.だから初期の調査が極めて重要と思う.原因はいろいろあろうが,夕テハモドキは,早期水稲の栽培開始による,豊富な食草と蜜源の出現がそうであった.
ツマグロヒョウモンは,パンジーの栽培面積が急増したとは思えない.とすれば近い過去にあった暖冬だろうか? その暖冬の条件はさっぱり分からない.マイナスの気温の持続時間なのか,幼虫が雪をかぶる日数なのか,何月ごろの異変がどのステージに効いているのか.また,その影響が天敵にも関係しているのか.
これらは過去のことで,もう調査は手遅れかというと,必ずしもそうではない.この冬から春にどうしているかを調べると,いくらかのヒントが得られると思う.いま私たちが南九州で取り組んでいるカバマダラと同じである.ところが,この調査がやっかいで,かなりてこずっている.温度設定を変えての飼育などは出来ないし,いや出来たにしても,最後は自然状態での調査でしか答えはでない.かといって,そんな調査マニュアルはない.個体識別による調査が最も効果的であるが,野外では幼虫の消失,行方不明が多くて困る.とりあえず,この日には,ここに,いた,いなかった,死んでいた…などの記録を残し,気象や食草などとの検討をすることになる.
おそらく非休眠の幼虫がどの程度越冬出来るかが鍵になろう.食草はスミレ類の全種が要注意である.1齢幼虫は食草の選考性が厳しい傾向があるが,終齢になると,特に飢えてくると,たいていのスミレ類を食う.食草ではないとされる有茎スミレでも,非常食としての価値は高いらしく,しばしば丸坊主にする.ただ,野外でこのような観察例はまだ多くない.パンジーが大きく関与していることは想像できるが,あれで天敵もかなり増えるのではなかろうか.おおよそのことなら推定できるから,つい分かったような気持になって記録をとらなくなってしまう.まさに自戒中の私である.
いずれにせよ蝶の侵入,生息地拡大の問題は謎だらけのようだ.そちらのウスバシロチョウもそうではないだろうか.永年調査を継続されているクロコノマチョウも東京まで入ったとか.これも同じ経過であろうか.いや,この蝶は奄美諸島にも先年来南下して(?)普通種になっている.北上だけに目を奪われてはいけない.
でも,以上のようなことは,最近の「駿河の昆虫」や清 邦彦さんの「蝶の駅」などを見れば,余計なおせっかいと言う感じである.昨年末の蝶類学会バタフライフォーラム&大忘年会で,北條さんにつかまってつい一筆という次第になった.
古くからの会員ということでお許しを!
私も熱帯アジア各地の蝶の生活史を追い続けてきたが,足下の鹿児島の蝶だちとの対話を深める時期がきた.じっくり観察するという基本に立ち返ることから,思いがけない面白さを発見できるだろう.
ツマグロヒョウモンをよろしく.
静岡へ初めて採集に行っだのはいつのことだか,はっきり記憶にない.多分学生時代,大井川上流へのクモマツマキ採集行がそれであった気がする.山梨県の早川側から入山し転付峠越えの山行は,ロクな登山経験のない私にはとてもキツく,二軒小屋へは死ぬ想いでたどりついた.そのせいで峠採集のヤマキマダラヒカゲが,今でもうちの所蔵標本のなかで,主観的には一番黒い.
なにしろ30年以上前の話だから,当時の大井川はクモマツマキチョウの天国.二軒小屋の周りに既にいくつも卵がついていたし,お天気さえよければ,ここから西俣への途中,成虫はいくらでも飛んでいた.残雪新緑をバックにしたオレンジ色の飛翔は,確かに鮮烈な印象であった.が,あえて言うなら,これはなにも静岡でなくてもよかった.舞台は信州でも飛騨でもよかったのである.
静岡で蝶を採集している,と強烈に体感したのは,朝霧高原での静岡昆虫同好会初夏の観察会に参加した時だった(県境を越えているので,行政区的には山梨県なのだが).ここでは,それまで一度も自身で採ったことのなかったホシチャバネセセリを,オオアブラススキから幼虫で発見したり,ナンテンハギにアサマシジミ幼虫,クロツバラにヤマキチョウやミヤマカラスシジミの卵がついていたり,蝶の種類の豊富さに驚かされた.しかも,三重県人の私には,普段めったにお目にかかれない珍品ぞろいなのだ.
三重県は紀ノ国=木の国というぐらいだから,森林環境の土地柄である.代表的な珍品蝶を挙げてみても,ミカドアゲハ,キリシマミドリシジミ,ベニモンカラスシジミ,ルーミスシジミ,どれも森林の種ばかり.草原の蝶というと,キアゲハ,モンキチョウ,ベニシジミにツバメシジミ…ロクなものが思い浮かばない,だから,私にとっては,珍品ねらい気合の入った採集行というと当然森へ,となる.なのに,ここにはたいした林もないではないか.
もちろん草原には草原の蝶がいることぐらい,知識としては知っている.高校時代初めての信州採集行,霧ヶ峰高原では一面ニッコウキスゲの花畑に,目を見張った経験もある.でもこの草原は,蝶の個体数は確かに多かったし,当時採集してうれしい種ではあったものの,ギンボシヒョウモン,クジャクチョウ,ヒメシジミばかりだった.蝶を採るならやはり森,の信念は揺らいでいない.
その常識が木っ端みじんになった訳で,一種のカルチャーショックだった.後年,高橋真弓さんや清 邦彦さんの書かれるものを読んで,駿河の蝶屋さん達がこの富士山草原に魅了され,草原性の蝶にのめり込まれる気持ちがよく分かった.ではあるものの,やはり木の国生まれ,育ちの性は容易に抜けがたいものがあるらしい.先年ちょっとした社会現象になったエコ・アニメ,宮崎 駿監督“もののけ姫”(1997)のラスト,文明と野生の衝突の結果の再生草原〜森林を,清さんが肯定的にみられたのとは感覚のズレが大きかった.破壊された原生林に無数にいた森の精,こだまを一匹だけ描き込んだ作画は,再生への希望のイメージなのだろう.娯楽映画,しかもアニメで救いのない結末という訳にいかないのもよく分かる.でも,なんだか妥協の産物,当今はやりの自称多自然工法を観せられたような気分がしたものだ.
今年の夏は猛暑であった.
地球温暖化だと言われる.
静岡県では数年前から増え始めたツマグロヒョウモンは,もう花壇の害虫になってしまった.蝶の性質にもよるのだろうが,ツマグロヒョウモンはかつてのクロコノマチョウに比べ,あまりにもハイペースで個体数を増やしてきた.
南方系の蝶の分布拡大の調査は,1955年以来のクロコノマチョウ,近年のツマグロヒョウモンと,当同好会会員の調査には定評がある.
そんな中で,すでに三重県まで分布を広げており,愛知県の知多半島に侵入したというナガサキアゲハが,いつ県内に定着するか,(今までに単発の採集,目撃記録はいくつかあるものの,世代交代を思わせる記録はなかった)が次の興味のポイントであった.
今夏,浜岡町から御前崎にかけて,ナガサキアゲハが発生しているとの情報で,現地に出かけてみると,たしかに,かなりの数のナガサキアゲハを見ることが出来,幸いそこで地元の同行者の方からいろいろお話を伺うことが出来た.
その方の調査によると,浜岡町では2年前から採集され,昨年,今年と確実に発生が確認されているという,もちろん幼虫も採集されているとのこと,「次は,日本平ですね」と言われ。浜岡町を後にしたが,考えて見れば風速5〜6m(時速で約20km)の風に乗れば,半日で100km程度は移動できる計算で,浜岡町から約50kmの有度山(日本平)や静岡市,清水市までの飛翔は十分過ぎるほど可能と思われた.
帰宅するとすぐ,有度山の麓で複数の個体が採集されたとの情報,それでは,もっと他にもと清水市街北方の山麓の山原で調査をしてみて驚いた,沢筋の農道の上を次々と飛来する黒いアゲハは,ほとんどがナガサキアゲハであった.
冬を越して来年も採集されるまでは,定着とは言えないが,まず冬を越すことは可能と思われる.この分では今年は静岡県下はもとより,関東地方一円からも多くの採集記録が出て,この秋から来年にかけての昆虫雑誌や同好会誌をにぎわすことだろう.
ナガサキアゲハに続くものとしてはムラサキツバメ,ヤクシマルリシジミ,イシガキチョウあたりが注目される.
なんにしても新顔の蝶が増えることは結構な事であるが,気になることもある.1つは,北方系あるいは草原性の蝶が確実に減少し,気がつくといつの間にかいなくなってしまっていること.
もう1つは,ナガサキアゲハを真面目に調査採集し,展翅していたら,標本箱が足りるだろうか?
これまで蝶に関しては国産オンリーだったのに,ベニヒカゲ仲間の関口さんと共に木暮隊に加わってモンゴルまで Erebia neriene (本文ではベニヒカゲと称する)を採りに行くことになった(2000年7月22-31日).7月23日,われわれを乗せた車はウランバートルから大平原の真っ只中を疾走する.いやロシア製トラクターのエンジンを載せた改装バスはお世辞にも快適とは言えず耳を聾する騒音と振動が骨身にこたえる.うねるように続くなだらかな丘,見渡す限りの草原と時折姿を現すヒツジや馬の群れ,翼を休める獰猛な鷲,遊牧民のゲル.空はどこまでも青く澄み渡る.これだ,これこそ夢にまで見たモンゴルだ.
中継地のカラコルムで一夜を明かし目的地のツェンケル・ジグール温泉に向かうにつれて空はどんよりと鉛色,フロントガラスに雨滴がかかる,トイレ休憩で外に出ると思わず身震いする寒さ.こんなことがあってよいものか,なにかイメージ違うなあ.でも「この時点では」神はまだ我々を見捨てず,温泉に着いた頃には日が射してきた.ツーリストキャンプのゲルが大いに旅情を掻き立てる.昼食もそっちのけで関口さんはネットを持ってキャンプ場脇の林縁に消える.食事の並ぶのをジリジリしながら待っていると関口さんが戻ってきた,エッもうベニヒカゲ採ったって?
昼食後さっそく篠原さんを案内役に関口さんと温泉脇の丘に向かう.湯元のヤグラを横に見やりながら小高い丘を登って行くと,丈の高い草が生い茂りカラマツの木漏れ日で明るい林縁が続く.ワーンと羽音が聞こえるくらいに多数のブルーのシジミとヒョウモン類が飛び交う.夢中でネットを振り回す.小学生に帰ったような熱い興奮が身を包む.突然馬に乗った子供がやってきてボロのヒョウモンを差し出す,せっかくの好意なのでチョコレートと交換.関口さんのところにはノミオンを持ってきた,彼はタバコと交換,懐具合を覗かれたかな?隣の斜面にノミオンがいる,とさすがべニ好きの二人も初物には浮き足立つ.カラマツ林を抜けると先ほどと同じような草原が広がっており,すぐ足元からノミオンが飛び出した.丘の上縁は明るいカラマツの疎林が広がり林縁にはベニヒカゲが多数飛んでいる.林の中にも飛んでいるが数は少ない.やはり林縁の蝶だ.
25日は朝の間はガスがかかっていたが正午近くになってだんだん回復してきた.昼食までの短時間,大石さん,城内さん,関口さんと4人でキャンプの少し北側の谷間に入る.昨日の丘よりも木立、が多くて木陰が広がるためか,シジミやヒョウモンの類はほとんど見かけないがベニヒカゲは変らぬくらい多数飛んでおり♀も数頭採れた.少しの日照の差がその種の好みの違いを顕著に表していで面白い.大石さんと篠原さんが見つけた交尾中のベニヒカゲをもらって関口さんが他の♀と一緒にビニール袋で採卵を試みる.
26日には南の湿地に行った.平坦な草原が広がり奥の方には小川も流れ,その先にカラマツの茂る丘が盛り上る.日当たりのよい広い草原にはベニヒカゲはいないのか.おっと,黒っぽい蝶が飛ぶ.追っかけるとなんとシャジツベニヒカゲ,あまり擦れていない♂である.付近を丹念に捜したが2頭目はおらず,虎の子の1頭だがDNA分析用に翅をちょん切ってエタノール漬け.さらに奥ヘバスで移動したので,変った環境を求めて関口さんと大きな岩の転がる丘を登る.標高差で100mくらい登っただろうが,頂上付近にはカラマツが茂っており,入って行くとパッと数頭の黒っぽいジャノメが飛び立った.欲が出てターゲットが定まらず結局1頭も採れずに姿を見失ってしまった.標高約2100m,ベニヒカゲだったら今回の旅で最高所の記録となるはずだったのに残念.
27日には帰路カラコルムの西約30kmの地点(アルハンガイ県)で最後の採集をもくろむ.丘の上方には樹木が茂って有望だが何しろ30分しかお許しがでない.時間の許す限り樹林帯に近づくべく斜面を急ぐ.標高差60-70mくらい登ったところで木の茂みを抜け谷を越えて反対側の草原に出ると風が強くノミオンが飛ばされてきた.ふいに下の方でジャノメが飛び出し風に煽られるように吹き上がってくる,ネット一閃,ベニヒカゲ♂,やはりいた.ハンガイ山脈の東端に位置するこの辺りにもいるのだ.この斜面ではギンイチモンジシジミ( damon )が多産しており皆さんかなり時間をオーバーして採集を楽しんだ.
さて最終の29日,ウランバートル近郊での採集を楽しみにしていたのに,ついに神に見放されたかあいにくの天気で気温も低い.道に迷ったり泥濘にはまり込んだりのハプニングの後なんとかパルチザン村にたどり着く.付近の丘はシラカンバ林で覆われ今まで見てきたカラマツ林とは異なった景観が広がる.篠原さん,関口さんとシラカンバ林に潜り込んで林内を叩きまわるが気温が低く何も飛び出さないので戦意を喪失し早々にバスに引き揚げる,とっくに集合時間が過ぎているのに隊長だけ帰ってこない.やっと現れた隊長は「ここではこれを食っているのかね」とCarexのような草を見せながら三角紙を取り出す.なんとベニヒカゲではないか,我々が探しまわった林内のようだ,最後に隊長の貫禄を見せ付けられてしまった.最後に楽しい旅行を過ごさせていただいた同行の皆さんに感謝します.
同行者:(敬称略)大石勝,城内穂積,木暮翠,篠原豊,清邦彦,関口正幸