本紙N0.78で白井和伸氏が"南北問題についでと題して駿河の昆虫の報文の数の現状に付いて述べ,西部の底上げを決意されている.その中で報文の少ないところとして西部と共に掲げられているのが伊豆である.ドングリの背比べになるが,西部と伊豆の可能性は比較にならない.蝶について言えば,西部は蝶屋の数が多く生息する蝶も大変興味深い地域である.伊豆においては蝶屋が少なく,人気種もほんの僅かで新記録の可能性があると思われる種も限られる.それらについてここで取り上げると「イズムシ」(本紙88号で紹介)のネタがなくなる.そして仕上げとして,伊豆箱根は首都圏を控えた国内最大級の観光地で,早朝なら1時間程の天城峠も休日の帰りは3時間くらい掛かることもある.収穫の乏しい帰路の渋滞は以後の調査意欲を削ぐ.
上記のような全く厳しい状況を強いられている伊豆である.しかし,蝶の少ないことで伊豆と似ている神奈川での8年間は充実していた.それは虫屋が多く,自由な雰囲気の談話会形式の会が多かったことである.参加者の異なる視点と活動内容は大変良い刺激となった.
そして,3年前20年振りに三島に戻り,地元の活性化のために厳しいことを覚悟で昨年飼育し始めたのが「イズムシ」である.神奈川で多くの方から受けた刺激の恩返しに少しでもなればと思ったわけである(実は1人での調査活動は退屈なので周囲に働きかけてみた).その1化は名簿により伊豆在住の方と「駿河の昆虫」に最近伊豆方面の報文を書いている方に送った.しかし,反響のあったのは既に活躍されている方ばかりで,伊豆の方に片手で間に合った.また本紙の紹介で増えた読者に地元の方はなかった.
いくら蝶が少ないと言っても眼の数が多くなると意外な結果をもたらす.相模の蝶を語る会で昨年行なわれた1泊2日の西丹沢の調査会では58種が確認された.「イズムシ」で呼びかけた2回のウラナミジャノメ調査会は共に参加5名であったが,いくつかの成果が得られている.2回目の調査会ではウスイロコノマチョウ6頭が得られた.
蝶について1人で活動していても楽しいものだが,何人か集まると楽しさが何倍にもなることがある.その機会を伊豆でも定着させたいと思っている.
1992年5月17日,富士山麓の御殿場市を中心として,ウスバシロチョウの調査会が行なわれました.参加者は5名と,やや少なかったものの,小山町および御殿場市において新たな生息地を発見し,本種がじわじわと富士山,箱根山山麓に分布を拡大していることが分かりました.またこれまで未記録だった所でオオミドリシジミ,アカシジミの幼虫を見つけるという大きなおまけもありました.
ただこの日も十里木方面では見つからず,東富士演習場の大草原が本種の南下を阻んでいると思われます.また,これとは別に富士南麓の富士市北部では,昨年の大坂より少し東の富士本地区でも発見され,こちらもじわじわと分布圏を拡大している,しかし「富士ヒノキ」の人工林地帯では大きな前進はなさそうといった状況か・‥,まあそんな具合にまとめようと思っていました.
ところがそこへ大ニュース! 裾野市の十里木と富士市の勢子辻で複数個体が採集されたというではありませんか.1978年に富士山麓に侵入したウスバシロチョウも,このところ足踏み状態,十里木まで到達するのはまだ数年はかかると甘く見ていたのが失敗のもと.正式な報告は後日「駿河の昆虫」でなされるでしょうが,これで富士山麓のほぼ全域がウスバシロに制圧されたことになります.ウスバシロもすごいけど,発見したのがまたまた天野さんとは恐れ入ります.
近年,我々の身近な自然が急速に失われつつあるとつくずく感じられることが多い.昭和30年代に静岡市内の住宅地の我が家にもカトリヤンマが見られたし,家の前の川にはヘイケボタルが飛び交っていた.静岡市内の賎機山もアゲハチョウ類の極めて多いところであったが,最近では少なくなっている.富士川の下流部に生息していたミヤマシジミやシルビアシジミは恐らく絶滅したと思われるし,比較的低山地にも広く分布していたチャマダラセセリは静岡県のほぼ全域から姿を消したようだ.一見環境の変化が平野部ほどではないと思われる山間部でも普通種すらも以前に比べて数も種類もずいぶん少なくなったように感じられる.蝶のみに限らず他の昆虫まで含めればこのような運命をたどった種類は極めて多いと思われる.これらの原因は河川の改修や各種の土地利用,あるいは道路の建設など人間の直接的な経済活動のほか,農業・林業・畜産業などの産業をとりまく社会構造の変化に密接に関連していてその根は深い.
身近な自然が失われようとすることに対しての危惧がやっと最近になってマスコミでも取り上げられるようになってきた.また,国や県あるいは市町村などの開発関連部局サイドでも十分とはいかないまでも,自然に対する心配りがされるようになってきたことは喜ばしいことである.河川の護岸を生物の住める構造にしたり,道路の側溝に生き物が落ちてもはい上がれるように工夫したり,道路が生物の行動域を分断しないように生物のための通路を設けたりしている例が見られるようになったことからもわかる.また河川改修にあたって残された廃川敷を利用して池を作り,トンボなど多くの生物を誘致して,自然生態観察園として活用しようとしている焼津市の例などもある.
身近な自然が失われていくのを傍観し,憂いているのみでは進展はない.これからは積極的に生物の住める環境を創ってやることが重要になると思う.希少種の個体密度を増加させることは困難なことだと思うが,身近に生息するいわゆる普通種を増やしていくことは可能と思われる.本会会員の杉本武氏が校庭の一角に蝶の好む樹木を植栽したところ,このミニ緑地を訪れた昆虫類が,実に500余種も観察されたことからもうかがえる.
自然環境を復元するにあたり最も重要なのは植物の種類の選定であろう.樹木や草本を植えることは一般的には"緑化"という範ちゅうで扱われてきた.都市の緑化は街路樹の選択や,公園や学校などに植栽する場合の樹種の選択について今まで極めて画一的になされてきた.樹型の美しさや病害虫に対する強さ,また公害など都市環境に対する抵抗性を重視してきた結果,身近な緑地は個性に欠け多様性がなくなってしまっている.本来の自然とはかけはなれた見せかけの自然になり過ぎていると言える.このような見せかけの自然では生物が住む環境としても貧弱である.
ひと昔前の自然環境を取り戻そう,そして,子供が遊びながら学べる教材としての自然を作り出そうという機運が広がってきた.今年,小笠町のある幼稚園ではこのような目的で約2000万円の事業費をかけて,トンボ池の造成,キハダ,カラスザンショウ,エノキ,コナラ,クヌギ,ブッドレア,各種草本など蝶や甲虫類の好む植物の植栽を実施することになった.近くにある小学校の生徒もここを自然観察の場所として利用したいという.このような試みが今後の緑化の一つの新しい方向を示すと共に,自然環境の復元手法のモデルともなるよう県でも応援している.今後このような事例がふえて,身近に昆虫など生き物が多く住める豊かな自然環境が戻ってくればと願っている.
ずいぶん久しぶりにギフチョウを飼育した.岡山の友人が8卵をフィルムケースで郵送してくれたからだ.餌に困り,イワタカンアオイを取りに走った.口にあわなかったらどうしようかと心配したが,食欲は旺盛で元気に育ち全部蛹になった.蛹の保管は手抜きをして,土を入れたシャーレの中に放置したが今春全部羽化した.蝶は飼育の成功率が高いことを改めて感じた.オオキトンボも久しぶりに飼育した.珍しく200卵ほど採卵できたので,大小2つの水槽を用意して大量羽化を目論んだ.水草に混じって入り込んだコバンムシに食われるという事故もあって,羽化したのはたった2♀だけだった.トンボの飼育では数100個あるいは数1000個の卵から数頭だけというのは珍しくない.羽化すれば良い方だとも言える.蝶並にトンボの飼育の成功率を上げるためにはまだまだ工夫が必要だ.
ウラジャノメを飼育中だ.こいつは三角紙の中で卵を産んでしまったのでしかたなく飼っている.幼虫も初めて見たが,食草もスゲか何かだろうとしか知らなかった.準高山蝶とかで,たぶん山の方にしか餌はないだろうし,産地に行ってもどれが食草か区別の自信はない.それで,庭にあるカヤツリグサの一種を食わせてみた.不味そうな顔もせずなんとか育っている.蝶の飼育では餌の調達に苦労が多い.トンボでもアカトンボ類は三角紙の中に産卵することが多い.ナニワトンボは関西にいる青いアカトンボで,飼育に挑戦した.分布が狭いので気難しい種かと思ったが,採卵も飼育もやってみたら意外に簡単で次々に羽化した.野外に置いたままの水槽で,かってに発生するミジンコやユスリカの幼虫を餌としてかなりの大きさまで育った.トンボの飼育は餌の種類はあまり関係ないが,生きた餌の大量の供給では苦労が多い.
クロコノマチョウの夏型を飼育した.ススキは水揚げが悪いので通勤の道で葉をむしってくる日が続いたが,幼虫は次々と蛹にまで育った.腹の大きな♀を捕まえたので,三角紙の中にススキの葉を切って一緒に入れておいたら,意外に簡単に産卵した.この採卵法はヤンマではよくやる.ヤンマでは,三角紙の中に水草や湿した紙を一緒に入れておくと産卵することが多い.この方法は羽が痛まない利点もある.これでサラサヤンマに産卵させて飼育中だ.こいつの幼虫は野外で採集できないことでは定評がおり,これまで生きた幼虫は見たことがなかった.若い幼虫がどんな姿をしているか,どんな育ち方をするか見るだけでもおもしろい.蝶もトンボも人工採卵は難しい種がある.
蝶はあまり飼わなくなったが,アサギマダラは時々飼育してきた.餌のキジョランが日持ちがするので飼育しやすいことにもよる.でも主目的は,幼虫の派手な色彩,蛹の金箔の付いた透き通るような緑色,そして成虫の優雅さを人に見せて驚かせるためだ.いつも,羽化した成虫はマーキングして放す.飼育した成虫は野外に放せないことが多いが,これは気にならないのもいい.大陸からの飛来種タイリクアキアカネを初めて飼育した.昨年は大量飛来があったらしく,卵を譲ってくれた知人がいたからだ.小さな水槽から20頭以上も成虫になった.もっとも日本にきてからはアキアカネと交雑することが多いということで,これも羽化したものはアキアカネとタイリクアキアカネの雑種のような個体ばかりだった.アキアカネも国内だけとはいえ大移動をする種だ.大量飼育,マーキング,移動の追跡ができればと夢みている.